物語文学

★…本文としての出題はあっても、文学史ではあまり問われない作品。

★★…本文としてはほぼ出題されないが、文学史ではよく問われる作品。

★★★…絶対必修の作品。

2 物語文学

◎伝奇物語(つくり物語)
 源氏物語以前の、伝奇的要素の強い物語。かつては多くの物語が存在したことが、『更級日記』や『無名草子』からうかがい知れるが、現存しているのは三つだけである。

・『竹取物語』★★★
【成立】九世紀後半
【作者】未詳
【内容】竹取の翁が竹の中から発見したかぐや姫が、美しく成長し、貴公子たちの求婚や帝の求愛を退け、迎えに来た天人たちとともに昇天する。また、様々な言葉の起源を創作しているのも面白い。
【特徴】『源氏物語』の「絵合」の巻で、「物語の出で来はじめの祖」と書かれているように、最初の物語。漢文訓読の口調をとどめた和文体。語彙はそれほど豊富でもなく、文が簡潔で読みやすいので、難関大で出題されることは、まず無い。易しめの大学向け。


・『宇津保物語』★★★
【成立】十世紀後半
【作者】未詳
【内容】琴の名人・藤原仲忠の波乱に満ちた生涯が、琴の秘曲の伝承を中心に描かれる。それに、源正頼の娘・あて宮への求婚譚がからめられている。
【特徴】後半は写実的になってきてはいるが、初代・清原俊蔭が天人から琴の秘曲を授けられ、仲忠とライバルの競演の際に天女が降臨するなど、伝奇的要素も色濃い。
清原俊蔭─俊蔭女(尚侍)─藤原仲忠─犬宮
という伝承は重要。


・『落窪物語』★★★
【成立】十世紀末
【作者】不明
【内容】継母(北の方)にいじめられる女君(落窪の君)が、忠実な侍女・阿漕の手引きで素晴らしい貴公子・道頼(少将、のち大将)と結婚し、幸せになる。
【特徴】伝奇的要素はほとんど無く、当時の貴族社会を写実的に描いているが、『源氏物語』の写実性には遠く及ばず、伝奇物語に分類する。


◎歌物語
 和歌が詠まれた経緯を語る物語。場面ごと、あるいは歌人ごとに一話完結なので短編集のようでもあり。入試でも、よく出題される。

・『伊勢物語』★★★
【成立】『古今和歌集』(九〇五年)以前に成立した原形に段階的に増補され、十世紀中頃までには現存する形になったと考えられている。
【作者】不明
【内容】全一二五段。全体としては主人公の男の元服から臨終までを描き、二条の后との恋、東下り、狩の使い(伊勢の斎宮との恋)、惟喬親王との交情などが語られる。ただし、主人公とは無関係な話も含まれ、各段は独立している。
【特徴】主人公・在原業平。主人公の恋愛、主従関係などの心情の機微が、歌の贈答を中心に語られている。後世に与えた影響も大きく、とくに「東下り」は、東海道を描く作品に強く反映してる。

・『大和物語』★★★
【成立】九五一年頃
【作者】未詳
【内容】全一七三段。前半は実在する歌人にまつわるエピソードを多く収録し、後半はより古い時代の説話的な伝承を集めている。
【特徴】一貫した主人公は無く、やや雑然としているが、実在歌人が登場するだけに、文学史の知識は必要となることが多い。


・『平中物語』★★★
【成立】九六〇年頃
【作者】未詳
【内容】全三九段。色好みだが、結局は上手くいかない平中(平貞文)の恋愛を、ややユーモアを交えて語る。
【特徴】主人公の平中(平貞文)は、優れた歌人であり、色好みとして有名。


練習問題

次の説明に対応する物語を答えなさい。
(1) 継母に虐待された姫君が、幸福な結婚をするまでの、復讐談。

(2) 前半は、伝奇的な琴の秘曲伝授の話。後半は写実的傾向の貴宮を中心とする求婚 譚。

(3) 在原業平の歌を中心に、愛情の美しさを描く最古の歌物語。

(4) 前半の歌物語と、後半の民間伝説を描く一七〇余段から成る作品。

(5) 平貞文をめぐる多くの女性との恋愛談。

(6) 「物語のいできはじめの祖」(源氏物語)といわれている作り物語として最古の作品。


◎『源氏物語』徹底研究

・『源氏物語』★★★
【成立】十一世紀初め頃(平安時代中期)
【作者】紫式部
【内容】全五十四帖。第一部は、「桐壺」から「藤裏葉」までの三十三巻。主人公・光源氏の誕生から、源氏が栄華の頂点に上り詰めるまでの半生を、多くの恋をからめて華やかに描いている。
 第二部は、「若菜上」から「幻」までの八巻。源氏晩年の苦悩を描く。そして、表題だけの「雲隠れ」で、源氏の死が暗示される。
 第三部は、「匂宮」から「夢の浮橋」までの十三巻で、薫の悲恋を中心に、源氏死後の次世代のことが語られる。とくに、「橋姫」から「夢の浮橋」までの最後の十巻は、「宇治十帖」と呼ばれる。
【特徴】雄大な構想と、綿密な心理描写を兼ね備える、物語文学の最高峰。
 精密な写実精神によって書かれた、最初の写実的物語。
もののあはれ」を描く「あはれの文学」


源氏物語』の主要登場人物

 源氏の家族・友人

光源氏(六条院)
 言わずと知れた『源氏物語』の主人公。桐壺帝の皇子として生まれるが、父の政治的配慮により、源氏となる。光り輝くような美しい容貌と、他人を魅了せずにはおかない魅力の持ち主。最愛の人・藤壺へのかなわぬ思いを秘めて、様々な女性遍歴を重ねる。
 政治的には、須磨での謹慎を経て権力の階段を上り詰めるが、とくに女三の宮の降嫁後は、苦悩の絶えない晩年となる。
 最愛の妻・紫上の死後、抜け殻となった源氏は、文字通り「雲隠れ」して物語から退場する。


・桐壺更衣(きりつぼのこうい)
 源氏の母。父の大納言を亡くし、頼りとなる後見人もいなかったが、帝の寵愛を一身に受け、源氏を出産する。他の女御、更衣たちの嫉妬による嫌がらせを受け、ストレスから寿命を縮めてしまう。


・桐壺帝(きりつぼのみかど・桐壺院)
 源氏の父。時の帝であり、母を失った源氏の庇護者。その父を裏切って、源氏は父の后・藤壺と密通し、妊娠させてしまうが…。父の源氏への愛は、生涯変わらず、死後も源氏を救うために「天翔り」して、源氏の夢枕に立ち、朱雀帝(源氏の異母兄)を眼病にしてしまうほどであった。


・弘徽殿女御(こきでんのにょうご・弘徽殿大后)
朱雀帝の母で、源氏の継母。「いとさがなし」とされ、『源氏物語』における最大の悪役。
 源氏の母・桐壺をいじめた張本人であるが、根っからの悪人というわけでもなく、桐壺の死後は、母を亡くした源氏を可愛がっている。しかし、藤壺入内後、源氏が藤壺を慕うようになると、可愛さ余って憎さ百倍!終生、源氏の敵であり続ける。源氏の須磨退去も、この人の画策による。
 政界の実力者・右大臣の娘であるが、父・右大臣以上の実力で反源氏派に君臨する。


・朱雀帝(すざくのみかど・朱雀院)
源氏の異母兄。意地悪な母とは違い、源氏のことを愛している。ただ、気の強い母の言いなりなところがある。
 晩年は出家して、愛娘・女三の宮を源氏に託すが、これが大きな間違いで、かえって悩みが深まることとなる。


・冷泉帝(れいぜいのみかど・冷泉院)
源氏の異母弟として生まれるが、実は、源氏と藤壺との不義の子。源氏に瓜二つの容貌を持つ。
 成人後、実は自分の父が源氏であったことを知り、源氏に位を譲ろうとするが、辞退され、源氏に「准太上天皇」の称号を贈る。
 后は、六条御息所の娘で、源氏の養女・秋好中宮


・夕霧
源氏と正妻・葵上との間に生まれた嫡男。母の死後は、祖母・大宮に育てられていたが、元服後、源氏の許に引き取られ、大学寮に入れられて苦労する。
 源氏に似て美しい容貌を持つが、父と違って堅苦しいところがあり、従姉である雲居雁との初恋を全うする。しかし、親友・柏木の死後は、その未亡人女二の宮(落葉の宮)に強引にせまり、結婚している。源氏と違い子沢山でもある。最終的には太政大臣に昇る。


・頭中将(とうのちゅうじょう・官位上昇に伴い呼称が度々変わり、最後は致仕大臣)
 源氏の妻・葵上の兄であり、源氏の親友にしてライバル。
 若い頃は色好みにおいて、壮年になってからは権勢を巡って、源氏の好敵手でありつづけるが、大抵は源氏に後れをとってしまう。その一方で、源氏の須磨退去時、都から訪ねてくれた唯一の友であった。


・柏木(衛門督)
頭中将の嫡男。源氏の息子・夕霧の親友でもあり、源氏も目をかけていた有望な若者であった。
 しかし、源氏の妻・女三の宮に恋い焦がれ、女房の手引きで、女三の宮と密通してしまう。女三の宮は懐妊し、源氏に不義を知られた柏木は、病気になり、若くして逝ってしまう。
 生まれた子が、宇治十帖の主人公・薫である。


・惟光
 源氏の乳母子。源氏に影のように付き従う忠実な家来である。源氏が女性の所へ通う際にも、ほとんど同行している。
 娘・藤典侍は、夕霧の側室となり、多くの子女を生んでいる。源氏の家来としては、他に、家司の良清などがいる。


源氏が愛した女たち

藤壺中宮(ふじつぼのちゅうぐう)
桐壺帝の中宮で、源氏の母・桐壺更衣にそっくりの容貌を持つ。源氏の継母ということになるが、実は五つしか歳は違わない。
 藤壺を姉のように慕っていた源氏であるが、いつしか、それは恋心となる。そして、藤壺が病気で宿下がりしている時に、女房の手引きで侵入した源氏は、藤壺と密通し、懐妊させてしまう。生まれた子が、後の冷泉帝である。
 藤壺は、源氏のことを愛しく思いながらも、このことに生涯苦しみ続け、桐壺院の死後は、出家してしまう(以後は入道の宮と呼ばれる)。
 源氏の最愛の人は、この藤壺である。


・葵上(あおいのうえ)
源氏の最初の妻。左大臣と大宮(桐壺帝の姉または妹)の娘で、頭中将の同母妹。源氏の父・桐壺帝が、右大臣派に目の敵にされる源氏を思い、左大臣を源氏の庇護者とするために決めた結婚であった。
 美人であったが、もともと春宮(源氏の異母兄)妃に望まれていた程で、気位が高く、また、自分が源氏よりも年上であったことも気にして、なかなか打ち解けなかった。源氏は、左大臣邸に通っても、頭中将の所に入り浸る始末。
 しかし、結婚して十年、懐妊した葵上を、源氏は初めていとおしく思う。やっと訪れた幸せも束の間、葵祭賀茂神社の祭)での牛車の場所争いで屈辱を受けた六条御息所(源氏の愛人)の生き霊に取り憑かれ、出産後すぐに他界してしまう。生まれた子が夕霧である。


・夕顔
源氏の忘れられない恋人。もとは頭中将の恋人であったが、両親を失い、正妻(弘徽殿女御の妹)の実家からの圧力もあって、市中に隠れ住み、さらに方違えのために仮住まいしていた時に、源氏と出会う。源氏は、頭中将が「雨夜の品定め」で語っていた女ではないか、と思いながらも、夕顔に溺れる。
 流れに身をまかせるはかない女君は、源氏に連れられて廃院で一夜を過ごした際、もののけに憑かれて死んでしまう。このもののけは、この時点では未登場の、六条御息所の生き霊と思われる。
 頭中将との間に生まれた娘が、後の玉鬘である。


六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)
前坊(前皇太子・桐壺帝の弟と推定される)の未亡人で、最高の身分と美貌と教養を兼ね備える当代随一の貴婦人。
 源氏と関係を持つが、源氏は正式な妻の待遇をせず、愛人として関係を続ける。このことへの鬱屈もあったと思われるが、若く美しい源氏から離れることができない、悩める女性である。
 あくがれやすい(魂が体から抜け出やすい)体質で、無意識のうちに、その生き霊によって、夕顔と葵上をとり殺してしまう。死して後も、死霊として紫上を病気にし、女三の宮を出家させており、恐るべき源氏への執着心であった。
 一人娘(伊勢の斎宮)は、源氏の養女となり、冷泉帝(源氏の子)の中宮(秋好中宮)となった。


・紫上(むらさきのうえ・若紫)
 源氏の妻にして、『源氏物語』のヒロイン。藤壺の兄である兵部卿の宮の娘であり、藤壺の姪にあたる。
 母を亡くして祖母(尼君)と北山で暮らしていたが、病気平癒の祈祷のために北山に滞在していた源氏に見出される。憧れの女性・藤壺によく似ていたからである。祖母の死後は、父に引き取られるはずであったが、源氏に強引に連れ去られ、その養育を受ける。
 葵上の死後、十四歳の時に源氏と結婚し、以後、源氏の正妻として、その愛情を一身に受けることとなる。源氏須磨退去の際の二人の別れは、涙なしには読めないほどである。風雅の道にも優れ、源氏が明石の君に生ませた娘を養女として大切に養育するなど、心遣いも濃やかで、理想的な女性として描かれている。
 しかし、自身よりも身分の高い女三の宮降嫁後は、気苦労が多く、病気がちとなる。最後は、養女の明石中宮や義理の孫たちに囲まれ、三の宮(後の匂宮)に紅梅と桜を託して、あの世へ旅立って行く。
 春をこよなく愛でた、源氏の最愛の妻であった。


・明石君(あかしのきみ)
源氏の妻。父・明石入道は、大臣の子であったが、一族から帝を出すために、受領に身を落とし、任国の播磨で蓄財に励みながら、大切に娘を育てていた。そして、須磨に退去していた源氏を明石に迎え、娘と結婚させる。
 生まれた娘は、正妻の紫上の養女となり、娘と離れて暮らすつらさを味わうが、娘が今上帝(朱雀帝の皇子)に入内する際に付き添って、母子の対面を果たす。実は、源氏の妻の中で一番幸せになった人かも知れない。
 父の入道は、この娘によって宿願を果たした。


・玉鬘(たまかづら)
夕顔の忘れ形見で、母の死後は、乳母によって筑紫(九州)で育てられた。
 強引な求婚者から逃れ、父(内大臣。かつての頭中将)との対面を求めて上京するも、あてもなく途方に暮れていた。そして、かつての夕顔の女房で、今は源氏に仕える右近に出会い、源氏の許に引き取られる。
 玉鬘を養女とした源氏は、その存在をアピールし、求婚者たちが殺到する。その中には、玉鬘が異母姉とは知らない柏木がいた他、源氏の異母弟・兵部卿の宮(蛍の宮)、冷泉帝、現春宮の伯父にあたる髭黒大将という錚々たるメンバーである。源氏は求婚者たちを煽ったり、すかしたりして楽しむ。
 しかし、夕顔に生き写しの玉鬘に、源氏は我慢し切れなくなる。養父の立場を忘れて、玉鬘に迫る源氏。自分で書いておきながら、源氏を批判する作者・紫式部。賢い玉鬘は、源氏のセクハラを上手くかわし、源氏は、冷泉帝との結婚を前提に、玉鬘を尚侍として入内させることを決める。
 しかし、女房の手引きによって玉鬘の寝所に侵入した髭黒大将は、玉鬘と強引に契ってしまう。玉鬘は、求婚者たちの中でもっとも無粋な、髭黒の妻となってしまった。
 髭黒大将は、玉鬘の所へ通い詰め、北の方は紫上の異母姉であったが、精神を病み、離婚して子供たちと実家に帰ってしまった。


・女三の宮(おんなさんのみや)
源氏の異母兄・朱雀院の娘で、朱雀院のたっての願いにより源氏の妻となる。藤壺の姪にあたることから、藤壺に似ていることを期待する源氏は、これを断り切れなかったのだ。
 女三の宮の降嫁により、嫡妻の地位を失った紫上は苦悩する。性格的に幼い女三の宮に失望した源氏は、自分がいかに紫上を愛していたかを思い知らされ、女三の宮との結婚を後悔する。
 一方、源氏の邸・六条院で女三の宮を垣間見た柏木は、女三の宮に恋い焦がれ、源氏が紫上の看病のために二条院(もとからの源氏の邸)に行っている間に、女三の宮と密通してしまう。
 やがて女三の宮は懐妊し、不審に思いつつも喜ぶ源氏。しかし、柏木からの恋文を発見した源氏は、すべてを知ってしまう。これも因果応報か、と苦しむ源氏は、自邸に来た柏木に嫌みを言う。源氏に知られたことを苦にした柏木は、病気になって早世する。
 不義の子・薫を出産後、女三の宮は、夫や父の制止を振り切って出家する。出家の段になって初めて女三の宮をいとおしく思った源氏であるが、後の祭であった。


・空蝉(うつせみ)
 年の離れた受領の後妻であったが、方違えで泊まった源氏に強引に迫られ、契りを結んでしまう(継子の軒端荻も、空蝉と間違った源氏と契る)。
 物語の描写では美しいとは言い難いが、夫の死後、継子に求婚されているところを見ると、美人だったのかも知れない。一度契った後、再三の源氏の求愛を拒み続けていたが、夫の死後、出家し、源氏に引き取られた。


・末摘花(すえつむはな)
 故常陸宮の姫君。常陸宮亡き後、姫君が窮乏していることを聞いた源氏は、常陸宮邸を訪れる。ライバル・頭中将も姫を狙っていることを知った源氏は、急ぎ姫君と一夜をともにする。
 最初は気づかなかった源氏であるが、雪明かりの中で見た姫君の姿は、痩せて胴長、顔も長く額は突き出て、長く伸びた鼻は垂れ下がって、先が赤くなっている、というひどいものだった。
 まして他の男は我慢できまい、と気の毒に思った源氏は、末摘花(紅花の意)を妻の一人とする。


・花散里(はなちるさと)
 源氏の父・桐壺帝の女御(麗景殿の女御)の妹で、源氏の妻の一人。養子となった夕霧が幻滅するほどの容貌だが、さっぱりした気持ちの良い気性が、源氏にとって安らぎとなっている。また、夕霧や玉鬘の養母となっていることからも、源氏の信頼の厚さがわかる。


・朧月夜尚侍(おぼろづきよのないしのかみ)
弘徽殿の大后の末の妹。姉の意向で、甥にあたる朱雀帝の后となるはずであったが、源氏と恋に落ちてしまう。
 父・右大臣は、源氏が正妻にするなら、と認めようとするが、大后は許さず、尚侍として入内させる。朧月夜は、その美貌と明るさで朱雀帝をも魅了するが、源氏との密会を続け、これが大后の逆鱗に触れる。源氏の失脚、須磨退去の原因となった、危険な恋であった。



宇治十帖編

・薫(かおる)
 宇治十帖の主人公。母は女三の宮。源氏の子として生まれるが、実は柏木の子。そのことは知らないはずだが、幼い頃から内省的で、美しい容貌と、梅の花の香のような体臭をもつが、世を捨てることばかり考えていた。
 宇治の八の宮(源氏の異母弟)を訪ねたのも、仏道に励み、「俗聖」の異名をとる宮の話を聞きたかったからだ。しかし、八の宮には美しい娘たちがいた。
 姉妹が琴を合奏する様子を垣間見た薫は、姉の大君に懸想する。が、恋に不馴れな薫は、想いを伝えることができない。そのうち、八の宮は薫に娘たちを託して亡くなってしまうが、娘たちには「宇治を離れるな」と遺言していた。
 求愛する薫を拒み続ける大君は、妹の中君だけでも幸せになって欲しいと、薫と中君をくっつけようとする。あくまで大君にこだわる薫は、匂宮を中君にあてがうが、色好みの匂宮を警戒する大君は、薫を恨むようになってしまう。
 やがて大君は亡くなり、中君は匂宮の妻となってしまった。そして傷心の薫の前に現れたのが、大君、中君の異母妹で、大君に生き写しの浮舟であった。


・匂宮(におうみや)
 今上帝の三の宮で、明石中宮が母。源氏の孫にあたる。両親以上に義理の祖母・紫上を慕い、紫上が愛した二条院に住んでいる。
 その美しい容貌は、薫と並び称され、薫に対抗して、いつも香を焚きしめている。薫と違って色好みだが、薫の親友にしてライバルである。
 薫に代わって中君と契り、これを妻とするも、薫が宇治に住まわせた浮舟の存在を知り、薫のふりをして、浮舟と契ってしまう。
 不器用な薫と違い、洗練された匂宮。浮舟の気持ちは揺れる。


・大君(おおいぎみ)
宇治の八の宮の長女にして、薫の最愛の女性。政治的に不遇な父とともに、宇治でひっそりと暮らしていたが、父の死と薫の求愛で事態は急変する。
 薫の求愛を頑なに拒み続け、薫が妹・中君に匂宮をあてがったことにショックを受け、病気になって死んでしまう。


・中君(なかのきみ)
宇治の八の宮の次女。薫の求愛を拒む姉によって、薫と結婚するよう勧められるが、薫に代わって寝所にやってきた匂宮と契り、その妻として二条院に住む。
 姉の死後、自分に迫ってくる薫の気持ちを逸らすためもあって、異母妹・浮舟の存在を薫に知らせる。


・浮舟(うきふね)
宇治の八の宮が妻の死後、女房に手をつけて生まれた娘。母子ともに父から疎まれ、受領の妻となった母の許、東国で育った。亡き姉・大君に生き写しの容貌を持つ。美しい女性だが、義父の常陸介の実子でないために、受領の経済力目当ての求婚者に見返られてしまうなど、不遇をかこっていた。
 浮舟を大切に育ててきた母・中将の君は、浮舟を中君に託すために二条院に押し掛け、そこで見た薫に娘を託す決心をする。二条院で匂宮に犯されそうになりながらも切り抜けた浮舟は、こうして薫の恋人となったのである。
 しかし薫は、浮舟を宇治に住まわせ、大君の代わりとしてしか見ていなかった。浮舟の豪華だが野暮ったい服装や、恥じらうだけで手応えのない反応に失望し、浮舟を大君に仕立てるために、琴を教え込もうとしたり、その田舎育ちを残念がったりする。浮舟には酷なことであった。
 そこにやって来た匂宮は、最初こそ薫に扮して侵入し、浮舟を犯してしまうのだが、浮舟自身を愛していると感じられた。二人の貴公子の間で揺れる浮舟。
 匂宮との関係を薫に知られ、非難された浮舟は、宇治川で入水自殺を図る。浮舟が死んだと思った薫と匂宮は悲しみに沈むが、実は、浮舟は横川の僧都に助けられ、生きていた。
 記憶を失った浮舟は、僧都の妹尼の許で暮らしていたが、記憶を取り戻した後、出家する。浮舟の居所を知った薫は、僧都に手紙を託して浮舟を迎えようとするが、浮舟は知らぬふりをし、二人はすれ違いのまま、長い物語は終わる。



練習問題

(1) (若紫を初めて見た源氏の感想)「ア(かぎりなう、心をつくし聞こゆる人)に、いとよう似たてまつれるが、まもらるるなりけり」

問 括弧アの部分に相当する人物としてもっとも適切なものを、次の中から選んで、記号で答えなさい。
1 桐壺更衣  2 葵 上  3 六条御息所  4 藤 壺

(共立女子大)

(2) (薫が浮舟を初めてのぞき見る場面)イ(尼君は、物語すこしして、とく入りぬ)。人の咎めつるかをりを、近くのぞきたまふなめり、と心得てければ、うちとけごとも語らはずなりぬるなるべし。

問 括弧イについて。尼君が早々に話を切り上げて奥に入ったのはなぜか。左記各項の中からもっとも適当なもの一つを選び、番号で答えよ。
1 下賤な者がのぞき見していることを不快に思ったから。
2 薫がそば近くでのぞき見しているのであろうと察したから。
3 女房たちが誰かがのぞき見しているのに気づいて話をしなくなったから。
4 周囲の人々が不審な匂いをいろいろと取り沙汰し始めたから。
5 匂いがどこから漂ってくるのかを確かめようと思ったから。

(立教大・文)


◎『源氏物語』以後の物語(写実的物語)


・『夜の寝覚(夜半の寝覚)』★
【成立】十一世紀半ば頃
【作者】未詳(菅原孝標女ともいわれる)
【内容】太政大臣の中君(寝覚の君)の、義理の兄との悲恋を中心とした生涯。現存しているのは、娘時代と未亡人時代だけであるが、『無名草子』には、「初めから終りまで、ひたすら女主人公一人のことを書いている点が、心を打つ」という内容の批評がある。
【特徴】『源氏物語』、とくに宇治十帖の影響が著しいが、克明な心理描写は優れている。


・『浜松中納言物語』★
【成立】十一世紀半ば頃
【作者】未詳(菅原孝標女ともいわれる)
【内容】主人公・中納言の四人の女性との悲恋を描く。
【特徴】『源氏物語』、とくに宇治十帖の影響が色濃く、主人公は薫によく似ている。ただ、京、唐、筑紫、京、吉野と舞台が目まぐるしく転換する他、過去・現在、未来と三世にわたる転生の思想など、独自の要素も多い。


・『狭衣物語』★★★
【成立】一〇七〇年代頃
【作者】禖子内親王宣旨(禖子内親王に仕えた宣旨という女房)
【内容】主人公・狭衣大将の、従妹・源氏の宮へのかなわぬ恋の苦悩と、様々な女性遍歴を語る。
【特徴】古くは『源氏物語』と並び称されたこともあるが、現在では『源氏物語』の模倣作品の一つという評価。


・『とりかへばや物語』★★★
【成立】十一世紀末頃
【作者】未詳
【内容】権大納言の同時期に生まれた腹違いの息子と娘。兄は、引っ込み思案で極端な恥ずかしがり屋。妹は、積極的な元気者。「とりかへばや」と悩んだ大納言は、二人の性を逆にして育てるが、紆余曲折を経て、もとの性に戻り、幸福となる。
【特徴】奇抜な発想と官能的、退廃的描写が特徴的。平安末期の世相を反映している。


・『堤中納言物語』★★★
【成立】未詳(現存する形になったのは、平安末〜鎌倉初期か)
【作者】未詳(「逢坂越えぬ権中納言」は、小式部という女房の作で、一〇五五年の成立)
【内容】十の短編からなる短編集。奇抜な作品が多い。
「花桜折る少将」
 美しい姫君を手に入れようとして、間違えて老尼を連れ出す少将の話。
「このついで」
 香をたき試みるとき、三人でする、三つの小話。
虫めづる姫君
 毛虫の収集を趣味とする風変わりな姫君の話。
「ほどほどの懸想」
 小舎人童、若い男、頭中将の主従の、各自の身分に応じた  恋の様相。
「逢坂越えぬ権中納言
 すべてに優れた美男の中納言が、気が弱く、姫君に手を出せない(逢坂を越えない)で帰る話。
「貝あはせ」
 少女たちの貝合わせを覗き見、密かに継子を応援する蔵人の少将。
「思はぬ方にとまりする少将」
 少将と権少将とが、呼び名が似ていることから、自分の恋人でない女と契ってしまう話。
「はなだの女御」
 宮仕えしている姉妹が宿下がりして、それぞれの女主人の話をするのを、のぞき見る好色者の話。
「はいずみ」
 疎遠になった男をつなぎとめるため化粧をするが、白粉と掃墨(まゆ墨)とを間違って塗った女の話。
「よしなしごと」
 欲深な僧の手紙の面白さ。
【特徴】それぞれの話は別々に成立し、後に現在の短編集の形となった、と考えられる。


擬古物語
 鎌倉時代にも物語は作られたが、それらは『源氏物語』の時代に擬して作られた作品か、平安時代の作品を改作したものが多い。そのため、「擬古物語」と呼ばれるが、個別の作品名が入試で問われることはない。『住吉物語』や『松浦宮物語』などが代表的。


物語評論
・『無名草子』★
【成立】一二〇〇年頃
【作者】未詳(藤原俊成女ともいわれる)
【内容】老女が、若い女房たちの対話を聞く形で語られる文芸評論。『源氏物語』の評論が、その中心となる。現存しない物語や、小野小町清少納言などの女性についても論じている。


練習問題

問 次の解説文に対応する作品名を答えなさい。
(1) 兄を女とし、妹を男として育てることによって生じる混乱を描いた、平安末期の退廃的世相を反映した作品。

(2) 「花桜折る少将」以下一〇編の話を集めた最古の短編物語集。

(3) 王朝貴族社会を、主人公の恋愛生活を通して描いた、中古のみならず、日本文学が誇る超大作。